楽しかった思い出の共通点(2)

昨日書いた質問

「柴山さんの言う”いい人”や”いい雰囲気”の共通点って何かありますか?」

に対する答えです。面接ではまともに言えなかったけど、今なら少しはましな答えができる気がする。

「それぞれが自分のことを第一に考えているか」。オーストラリアの文化論ではありきたりな話だけど、でもやっぱりこれに尽きます。
「自分第一」と言うと「自分のために他人を犠牲にする利己的な考え」みたいに勘違いされがちなのですが、そうではなくて、それぞれがお互いの価値観(判断基準)を尊重しているって点が大事だと思います。つまり、「あの人にはあの人なりの幸せがあるんだ」と考えているから、みんなのことを信頼できる。だから、人が何をしていようが適度な距離を保つことができるし、もちろん共通の趣味があるなど理解しあえる部分があれば仲良くすればいい。そして、一番大事なのは、みんながそういったことを実践しているために”多様性”が生まれていること。

端的に言うと

① 自分がハッピーになる
② みんなも自分なりのハッピーを求める
③ 全員ハッピーになる
④ 全体的な雰囲気がよくなる
⑤ 個々人がハッピーになりやすい環境が生まれる
⑥ ①に戻る
という循環が生まれている ← 条件1
(これについては鶏と卵の関係がありますが、とりあえず置いておきます)

その結果、多様性が生まれている ← 条件2


僕がオーストラリアにいたとき(に限らないけど)居心地がいいなと思えた空間には条件1+条件2が揃っていたし、逆に居心地が悪かったところでは、①~⑤のどれかが上手くいっていないか、多様性がなかった。


”多様性”って言葉が漠然としすぎているから詳しく説明したいのですが、うーん、難しいのですね。とりあえず、多様性がなかった例を挙げてみます。
自分の中で印象的だったのが、オーストラリアで滞在したとある宿。そこには日本人と香港人と台湾人しかおらず、しかもそれぞれが自分たちの国でグループを作って独立していました。食事もグループ内で完結。遊びもグループ内で完結。もちろん別グループでも個人的に仲良くしている人はいる様子でしたが、グループ同士の付き合いというのは皆無。要するに自分と似たものどうしで付き合っているのが楽で、それ以外はめんどくさいって感じなんですね。この宿は非常に居心地が悪かったです。今考えると、みんながそれぞれ自分の好きなことをやっていたから条件1は満たしているけど、条件2は満たしていない。だから居心地が悪かったのだと思います。
この話から帰納的に一般論を導き出すなら(僕の短い人生経験でそんなことをするのもおかしな話ですが)

多様性がある/ない
||
オープン/クローズド
||
自分にとって未知のものと出会った時に、新しい価値観をつくろうとする/しない


と置き換えることができるかもしれません。


ということで、次回へ続きます。さっき置いておいた鶏卵問題について思うことを書きます。

この記事は旧ブログ「ワーホリ中」からの転載です。

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