おいしさには2つの軸がある

 ということについて書きたいと思います。

①主観軸

これはいうなれば、ただの「好き嫌い」です。
例えば、コーヒーはブラックがいいか、ミルクや砂糖を入れた方が好きなのか。
ラーメンは太麺と細麺のどっちが好きか。
寿司の中で一番好きなネタは何か。

こういった好き嫌いは非常に主観的なものなので、個々人にとってのいわば「聖域」であり、他人が口出しをする権利はありません。ラーメンの太麺と細麺の違いに優劣はありませんが、そこに好みの差が生まれてくるのは当然のことだと思います。恐らくですが、こういった違いは先天的なものが原因だと思います。
こういった違いを、おいしさの1つ目の軸「主観軸」と名付けます。全員がそれぞれ自分の「主観軸」をもっているのです。

②客観軸

こちらは誰にでも共通する部分、「客観的な評価」です。
例えばお米を例に挙げると、無農薬を徹底して作り、毎朝水の調整や雑草取りを怠らず、海水を使ってミネラルを補給している農家のお米があります。だいたい5kgで5~6000円くらい。一方で、除草剤と殺虫剤をまいてできるだけ手間のかからないように作り、袋詰めの段階で他の農家の米と混ぜられているものもあります。だいたい5kgで1500円くらい。
これをどっちがいいか比べたら、文句なしで前者に決まってるわけです。 この違いが、おいしさの2つ目の軸「客観軸」です。
客観軸による違いは、「素材の質」や「どれだけ手間がかかっているか」と言い換えることもできるかもしれません。
もしも前者のお米が粘り気がなく、後者のお米は粘り気があったとして「私は粘り気がない方が好きだから、後者の方がいい」という人がいるかもしれませんが、それは①主観軸の話。粘り気のある/ないに優劣はありません。これは”質”とは別次元の話です。

 これら2つの軸は基本的に干渉することなく、それぞれ独立なものとして存在しています(下図参照)

 で、次に主観軸と客観軸のどちらに重きを置くかという話に入ります。
 結論から言うと、僕は1:9くらいの割合で客観軸を重視しています。
 なぜかというと、「舌が肥えている人=客観軸による評価ができる人」だと思っているからです。「よさが分かる人」「センスのある人」と言い換えることもできるかもしれません。逆に言えば、味の分からない人は主観軸に重きを置きすぎているように思います。
 例えば、ファーストフード店のハンバーガーをおいしいおいしいと言って食べる人。正直言って、はたから見てこの人の舌が肥えているとは思えません。「本人がいいと思えばいいんだ」って意見もあるとは思いますが、僕はそういう人にはなりたくないです。そんなことで満足したくない。まず客観的なよさが分かるのが大前提。自分の好みをとやかく言うのはその次の段階じゃないかと思います。

 理由は他にもあって、「それは本当においしい○○を食べたことがないからだよ」というベタな台詞がありますが、これは真理だと思っています。
 僕がこう思うのは個人的な経験によるところが大きいのですが、僕自身”本当にいいもの”を食べて好き嫌いがほとんどなくなりました。コーヒーだってもともとは苦いから好きじゃなかったけど、オーストラリアのカプチーノを飲んだら初めて苦味がおいしいと思った。イカだって噛み切れないところが嫌いだったけど、いいイカを食べたら独特な食感が楽しいって思うようになった。「本当においしいもの」を食べれば、個人的な好き嫌いなんか通り越して「うわー!すげー!」ってなりますよ。僕だけかな?

 さらに理由を挙げるなら、主観軸の話は人には伝わらないという点があります。
 これは当然の話で、主観軸=好き嫌いは先天的なもの。皆が各々の主観軸を持っているので、脳ミソの中身が全く同じでない限り、感じ方が異ります。「日本酒は辛い方がいい」という意見と「辛いのは刺激が強くて舌に合わないから、甘い方がいい」という意見は相容れるはずがないので、議論なんかしてもしょうがないから各々好きにやればいいわけです。
 でも、客観軸はみんなに共通だから、話ができる。例えば「ここのコーヒーは酸味がすっきりしていて飲みやすい」と思えば、それが他のお客さんとの共通の話題になるし、店員さんに話を振ってみれば「実は焙煎方法にこだわりがあるんですよ」と教えてくれるかもしれない。それなのに「自分は苦いコーヒーが好きだから酸味の強いコーヒーはイヤだ」と言ったら弾む会話も弾まなくなってしまう。僕の場合、そういうときには「苦いコーヒーの方が好きだから普段は苦いのを選んで飲んでるんですけど、この酸味はすっきりしていて好きです」って言います。っていうか事実そう思ってるわけだし、少しでも「この人はわかる」って思ってもらえれば、相手もより深い話をしてくれるのです。

 まぁ、この記事に結論は特にないんですけど(笑)、これは食べ物以外でも使えるかもしれないですね。例えばスポーツで「あのチームは正直テクニックは十分でないところがあるけど、変わった作戦を使うことが多いから見ていて楽しいな」という感想。これは主観評価=高い、客観評価=高くない ってことになるわけです。いずれにしても「見る目がある」「センスがある」と言われる人は客観評価を的確に見抜く力があると思いますし、僕はそういう人になりたいな、という話でした。

この記事は旧ブログ「ワーホリ中」からの転載です。

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